前編では、日本の宇宙産業が科学研究中心から産業化へと転換を遂げる過程と、異業種からの人材参入を促進する『宇宙スキル標準』の意義について紹介しました。宇宙ビジネスには産業人材が決定的に不足するなか、異分野からの転職環境整備が進み、転職しやすい環境が整いつつあることがわかりました。

後編では、実際に宇宙産業への転職支援を行っているインバイトユーの視点から、現在の日本の宇宙産業の実態と、転職を検討する方への具体的なアドバイスを聞いていきます。

※本記事は、宇宙ビジネスメディア宙畑とのコラボ企画で掲載されています。ぜひ前編も合わせてご覧ください。

秋山教授は2018年から2024年まで内閣府宇宙政策委員会の専門委員として、日本の宇宙政策の中核を担ってこられました。

そして浅野さんはリクルートエージェント(2012年にリクルートキャリアとなり、現在は株式会社リクルートに吸収)の初期に新卒入社後、2012年からはリクルートキャリア、コーポレート部門担当上席執行役員を歴任するなど、企業人事のスペシャリストです。また、河辺さんはご自身も技術職出身でありながら技術系人材紹介会社の立ち上げに携わり、そのトップとして技術者専門の人材紹介事業を牽引した経験もある、“エンジニア”の転職を知り尽くした人物です。

(1)宇宙人材エージェントが見る今の日本の宇宙産業

宇宙戦略基金の運用が始まり、日本の宇宙産業は本格的に始動しています。同基金からの投資により、すでに複数の宇宙ベンチャーが大型の資金調達を実現し、技術開発の加速と量産体制の構築が同時進行で進められています。現在、宇宙スタートアップは100社を超え、様々な事業フェーズの企業が混在する活況を呈しています。

2040年には世界市場が270兆円規模に成長するという予測のもと、日本でもまさに大量採用時代の到来を迎えているのです。

しかし、この急成長の裏側には多くの課題が存在します。それは、採用要件の不明確さと事業フェーズによる需要の違いでした。

河辺真典執行役員(以下、河辺):「企業の事業フェーズによって求められる人材も大きく異なります。すでに200~300人体制で開発が分業化され、設計標準が確立されつつある企業と、まだ50~100人未満で基礎設計を実験と並行して進めている企業では、採用ニーズが全く違ってきます。

前者の場合は、ある程度自分の専門領域と要素技術を持ち、組織的な開発体制の中でその専門性を活かしてもらう人材を求めています。一方、後者の段階では、ジェネラリストでありながらスペシャリスト的な知見も持つ、いわば『ジェネラリスト・スペシャリスト』のような人材が必要になってきます。

宇宙産業では、さまざまなフェーズの企業が混在していますが、このフェーズの分析ができるようになったのは、私たちにとって大きな進歩でした」

浅野和之代表取締役社長(以下、浅野):「私たちがこの事業を始める前は、宇宙業界は人材不足が深刻だと聞いていたので、正直なところ「事業の立ち上がりは早いだろう」と思っていました。しかし実際に始めてみると、予想以上に人材紹介エージェントとしては難易度が高い業界だと気づきました」

事業を開始した当初は、すべての情報が混在した状態で「なぜこの人が不採用なのに、この人は採用されるのか」「非常に優秀だと思って紹介しているのに、なぜ書類選考で落ちてしまうのか」といったことが起こることもあったと振り返ります。

浅野さんと河辺さんは、何度もヒアリングを重ね、また業界をつぶさに観察し、分析しました。これを可能にしたのは、業界の人たちが、他者を受け入れる柔軟な姿勢があったからと話します。

浅野「私たちのような外部の人間がこの業界に参入することに対して、想像以上にウェルカムな雰囲気がありました。宇宙業界の中心的な方々は、新しい人材や異業種が育んできた技術や経験が、宇宙産業を活性化させると理解していますし、信じています。ベンチャー企業のトップの方々も、自分たちだけでは限界があることを認識しており、様々な分野の人たちとの連携を積極的に求めていたんです」

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(2)人材エージェントのプロが教えるスタートアップのフェーズ別人材戦略

宇宙スタートアップは100社を超えていますが、ひとくちにスタートアップといっても、その発展段階は各会社によって大きく異なります。浅野さんは、これまでの豊富な経験をベースにスタートアップの企業マネジメントフェーズを人数規模に応じて3段階に分類して説明します。

浅野:「フェーズ1は、起業の初期段階で、おおむね30名までの体制の会社です。この段階では、基本的に構想やアイデアを持つトップと、その考えを理解している仲間による暗黙知がベースとなります。大学の教授とその教え子といったような人間関係から起業するケースも多く、転職する場合は“共感”が重要になります」

まだ外部から大量の人材を採用する必要はなく、主に必要となるのは、コア技術の研究開発を担う研究者、初期プロトタイプを制作する技術者、そして事業戦略を描くビジネス開発担当者です。

この段階では、トップの思いに共感し、同じ方向を向いて一緒に走れる仲間が必要なのです。明確な役割分担よりも、お互いの考えを理解し合いながら進めていくチームワークが求められます。

フェーズ2は、会社が大きくなる過程の成長期で、会社の規模は50~100人、もっとも困難といえる段階です。それまでの人間関係で事業が進められていたところから、組織が分化し始めることで、マネジメント体制の構築が必要になる。会社が成長するにあたり、もっとも困難な時期といえるでしょう」

トップの指示だけで全てが連携していた状況から、中間管理層を介したコミュニケーションが必要に。この段階では、プロジェクトマネージャー、品質保証担当者、量産準備のための製造技術者、そして組織運営を支える管理部門の人材が必要になってきます。

それまでトップの考えは、人数が少なければ容易に共有できていましたが、急に情報共有するのが難しくなります。

新旧の人間関係がぎくしゃくすることを防ぐためにも、組織としての仕組みづくりが必要になります。この段階では、自立性と独自性を持ちながらも、組織の方向性を理解して動ける人材が求められます」

既存の大企業のように明確な業務分担や標準化されたプロセスは存在しないため、不確実性の中で、自分で判断し行動できる人材、また状況に応じて柔軟に対応できる能力が重要になります。

浅野:「フェーズ3は、社員が100人を超えてくる拡大期です。分業体制が確立されて、徐々に量産できるような準備に入っていきます。この時期になると、より専門性の高い人材や大量の人材が求められます。設計部門では機械設計、電気設計、ソフトウェア開発の専門家が、製造部門では工程管理、品質管理の専門家が、営業部門では技術営業、マーケティング、カスタマーサポートの専門家が必要になってきます」

この段階では、他の産業で培った専門性の高い知見を宇宙分野に応用できる機会も増えてきます。一般的な製造業経験者にとっても参入しやすい環境が整います。

そして、宇宙産業は今どのフェーズの企業が多いかというと。

浅野:「SBIRや宇宙開発基金などの支援を得て、採用が活発になってくるフェーズ2の企業は多いと思います。そこを超えて株式上場を実現した会社も複数社あります」

(3)350人超と面談。1年間で早くも10名を超える転職者

ここまで、日本における宇宙産業の歴史と展望、そして産業の実態を紹介しました。では、実際に宇宙産業に転職する方はどのような方が多いのでしょうか。

インバイトユーは設立からわずか1年で、約350名の宇宙産業転職候補者と面談を実施し、すでに10名を超える転職を実現できているとのこと。毎月約1名のペースで転職を成立させています。

河辺:「転職される方の多くは、大学時代に航空宇宙工学を学んだものの、当時は求人がなくて他業界に就職された方々です。また、幼少期からの宇宙好きで、求人の存在を知らなかった層の方も多くいらっしゃいます」

実は、大学時代に航空宇宙工学を学んだものの、他の業界に就職をするというケースは少なくありません。

例えば、秋山教授が20年間実施してきた共同ロケット実験の参加者です。

秋山演亮教授:「私はこれまでに宇宙教育(大学生共同実験や高校生が参加する宇宙甲子園)を通じて、大学生・大学院生だけで20年にわたり1万人以上を育成の携わりました。その参加者のうち、宇宙関連産業に就職したのは1000~2000人。残りの8000~9000人は他業界で活躍していますが、これらの人材は宇宙への関心と基礎的な知識を持つ貴重な人材です。」

ちなみに、これまでのインバイトユーにおける具体的な転職者のパターンとしては、自動車業界のエンジン開発エンジニアがロケットエンジン開発に、建築・建設業界の構造解析エンジニアが衛星構造設計に、電機メーカーの電源システム開発エンジニアが衛星電源システム開発に転身するケースがあったそうです。

とはいえ、転職はそう簡単にできることではありません。

河辺:「エンジニアの方々は、基本的に慎重な傾向があります。技術の専門家である一方で、経営や事業リスクについての情報接触が少ないため、不安を感じやすい面があるんですね。また、受け入れる側の宇宙ベンチャーも、多くがまだ事業が確立していないのもネガティブに働くことが多い。

給与面は安いと思われていますが、決して基本給は他業界に劣るものではないんです。ですが事業収益に基づく賞与等の上乗せが少ないことが課題になっています」

さらに詳しく分析すると、エンジニアが宇宙業界への転職を躊躇する理由として、技術的なチャレンジへの不安よりも、むしろビジネスモデルの不透明性や市場の将来性への疑問が大きいことがわかります。多くのエンジニアは「技術的には面白そうだが、本当に稼げる産業になるのか」という経営的な視点での懸念を抱いているのです。

現在の宇宙産業は、長く宇宙産業に携わってきた大手と、ベンチャー企業の二極化が進んでおり、中間的な規模の企業が少ないことも、転職を検討する方にとっての不安要因となっています。

(4)インバイトユーが宇宙特化の人材エージェントだからこそできること

また、一般的な人材紹介会社にとっても、宇宙産業は参入が難しい市場でもあると浅野さんは話します。

浅野「一般的な人材紹介会社が強いのは、営業やSEといったひとつの職種での大量採用です。同じような要件のなかで、画一的なルールのなかで人材を紹介していけばいい。

しかし、宇宙産業の場合は要望される職種が多様です。機械・電気・制御・通信など非常に幅広い分野の専門性が必要で、かつ各企業が求めるのは1~2名程度。向き合うには相当な覚悟と、時間が必要です」

その覚悟は、1回の面談に1時間から1時間半という時間をかけるということからもわかります。その時間で、宇宙産業の歴史的変遷から現在の位置づけ、技術的な親和性まで、包括的な説明を行っています。

河辺「インバイトユーの魅力は、宇宙の話がたっぷりできることだと思いますね。宇宙専門の人材紹介会社だとわかっているからこそ、宇宙産業の現状を聞きたいという方が来られるわけです。ですから最初の20分から30分は、こうしたお互いの宇宙における情報をディスカッションすることに使っています。こうしたところも私たちのメリットといえるでしょうね」

このアプローチを経て、求職者は単なる転職先としてではなく、新しい産業の創造に参加する機会として宇宙産業を理解できるようになり、自身の持つ経歴や技術などへと話が展開していくことになるのです。

ここで生かされるのが「宇宙スキル標準」だと河辺さんは続けます。

河辺:「『宇宙スキル標準』のフレームを理解することで、求職者の方に対して論理的な説明ができるようになったことは大きいですね。ロケットの構造設計と、衛星の構造設計では求められる技術も知識も変わってくる、そんな情報をゼロから調べて、理解して、説明するまでに、それこそ何年かかるかわかりません。『宇宙スキル標準』も、これからもっとブラッシュアップされることを期待しているんです。宇宙産業に転職する際のバイブルのようになったら、私たちのサービスも、技術的なフレームワークの提供から、企業の風土や雰囲気、事業フェーズなどに応じたアドバイスへと移行してくことになると思います」

2030年に約170兆円の市場に発展するとされる宇宙産業。となれば、宇宙産業は自動車産業と同等規模になります。今後10年から15年で、宇宙産業が当たり前の仕事のひとつになると考えられます。

だからこそ今が参入のチャンスといえるでしょう。産業の成熟期に入ってから参加するのではなく、産業創造の過程に参加することで、技術者として、そして産業人として、非常にやりがいのある経験を積むことができるのです。

河辺:「宇宙に少しでも興味があれば、ぜひ一度、話をしませんか? 宇宙産業の将来に懐疑的な方も大歓迎です。転職する、しないの判断は、まずは業界を理解していただくことが大前提ですから」

浅野:「私たちが宇宙業界に参入したとき、リレーションもネットワークもない状況でした。しかし、実際に多くの方とのコミュニケーションを得て感じるのは、閉じた世界ではないということ。だからこそ、宇宙産業に特化したサービスに、“あなたを招く”という意味の『インバイトユー(invite you)』という名前をつけました。私たちのサービスを通して、この産業やこの業界で働く人たちを、より身近に感じてもらいたいですね」

宇宙産業は現在、まさに変革期の真っ只中にあります。2030年頃には本格的な事業化が実現し、成功事例の蓄積により一般的な転職の選択肢として定着することが予想されます。

浅野:「宇宙産業への参入は、単なる転職ではありません。新しい産業の創造に携わる、歴史的な機会なのです。10年、20年後に振り返ったときに、『あの時代に宇宙産業の発展に関わることができて良かった』と思える日がくるかもしれないと考えるとワクワクしませんか」

宇宙産業への就職は、もはや夢物語ではありません。

宇宙空間は私たちの生活を支える重要なインフラをつくる現場であり、経済成長の原動力として、確実に社会に根付いています。異業種からの参入障壁も下がり、転職を支援する専門的なサービスも整備されました。今後さらに市場が拡大し、技術が標準化されていけば、より多くの人材にとって魅力的な選択肢となることは間違いありません。宇宙という新しいフロンティアで、あなたの技術と経験を活かすチャンスが到来しています。

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## 出典
内閣府宇宙開発戦略推進事務局「宇宙スキル標準について」(2025年2月)
防衛省「宇宙領域防衛指針」(2025年7月28日)
経済産業省「宇宙基本計画(令和5年6月改定)」